AlphonseのCINEMA BOX

イン・ザ・ヒーロー

2021/06/14(月)追加

作品情報

制作年:2014
制作国:日本
監督:武正晴
主演:唐沢寿明、福士蒼汰
助演:和久井映見、小出恵介、杉咲花、黒谷友香、寺島進、加藤雅也、松方弘樹
ジャンル:アクション

オレがやらなきゃ誰も信じなくなるぜ夢は必ず叶うってことを

コメント

Alphonse 2021/06/14(月)

テレビ放映にて鑑賞。

スーツアクターの奮闘記
というお話。

往年の「蒲田行進曲」を彷彿するような映画界の内幕劇の話。

しかし「蒲田行進曲」のような感動的なエピソードになることはなかった。
「蒲田行進曲」は主要人物三人が織り成す話自体が感動的で、
映画界が舞台でなくても充分に成立する。
そこが「蒲田行進曲」の凄いところなのだが、
本作は映画界が舞台でなくては成立しないものの、
感動的と言えるかというと、少しも感動的じゃない。

最後のアクションシーンは凄かったが、
アクションシーンだけみせられたので、
興奮することはなかった。
ただのスタッフの自己満足に思えてしまった。

アクションシーンには物語が必要なのだ。
ブルース・リーもジャッキー・チェンもリンチェイも
戦うには理由がある。
その理由に観客が共感できるから、
ヒーローはヒーローとして存在し、
かっこいいのだ。
ガンアクションもカーチェイスも同じである。

ただアクションシーンだけを映像化すると本作のように、
おかしな事になる。
アクション養成所でみせるようなアクション指導の映像でも
もっとマシなものを作っただろう。

意味もなくアクションがあるのはただの暴力でしかない。
その暴力シーンも既視感のあるものではなく、
観客の度肝を抜くようなアクションなら別だ。
深作欣二監督作品がその好例だろう。

そのため既成の概念を越えたアクションが作れないならば、
お約束の勧善懲悪ものにするしかない。
それなのに少しも勧善懲悪ものでも共感できる話にもなっていないのだから、
困りものだ。

作中ではブルース・リーに憧れてアクションの世界に飛び込んだ主人公が、
いつしか日本ではマスクをつけてアクションするしかないことに嘆く。

この一言に日本のアクション映画の本質と問題点が集約されている。

主人公は嘆くだけで、自分で作品を作ろうとしない。
あくまで演者の域を抜け出せない。

文句ばかり言うネット民を彷彿としてしまうが、
批判は一人前なくせに、それならどうするのか、
具体的な策を一つも提示しないで、
できない理由を数多く並び立てる。
そのためそんな風潮が蔓延する業界は停滞し衰退する。
ここが日本のアクション映画の問題点。

そしてマスクをしないとアクションできない本質は仮面ライダーにある。

ここからは日本のアクション映画の歴史を語らずにはその理由が明確にならないため、
長くなるが書いていこう。

元々日本映画のアクションと言えば時代劇。チャンバラだ。
それが洋画の隆盛にともないガンアクションが人気を集め、
ブルース・リーやジャッキー・チェン人気にあやかって、
格闘アクションももてはやされた。

しかしアメリカほど日本は銃社会ではないため、
ガンアクションを作るにはヤクザの話に終始することになった。
これが失敗だった。

ヤクザがヒーローに成り得る筈もない。
先述の通り、アクションには理由が必要で、
その理由に観客が共感できるからアクションとして成立する。
私利私欲の私闘を観ていても、観客はただの暴力にしか思えない。

一方格闘アクションもブルース・リーやジャッキー・チェンのように、
長い間稽古を積んだ人が演じるわけではないため、
真田広之、倉田保昭におんぶに抱っこ状態。
新しい新人を発掘することもないまま数年が過ぎる。

撮影規制が厳しくなってカーチェイスも何もかも撮影出来ない時代が到来。
格闘アクションもカーチェイスも廃れていくのは当然。

その頃、仮面ライダーは子供向けのアクション作品として誕生した。
今のように人気若手俳優の登竜門になるのはずっと先のこと。

当初はホラー映画のようなテイストだったが、
後に正義あり、愛あり、夢がある作品になっていく。
そこではヒーローがかっこよく描かれている。
ヤクザ映画で暴力と化したアクションが、
ここではアクションとして存在している。
これでガンアクションが仮面ライダーにとって代わる。

また格闘アクションも仮面をつけることで、
長い間稽古を積んだ人が演じることが可能になる。

そこへ昔ながらの時代劇は年寄りが観るものであるから、
時代の趨勢とともに衰退し、仮面ライダーの黄金期がやってくる。
テレビでは時代劇にはつかないような大手スポンサーがタイアップ。
商品展開に余念がない。

もうおわかりだろう。
ヒーローがマスクをつけて戦うのは、
ヤクザが争うガンアクションばかりを製作し、
新人のアクション俳優を養成してこなかったことにある。

本作で主人公が嘆くのは当然なのだが、
それを見てみぬふりをしてきた日本映画界の怠慢もその原因なのだ。