AlphonseのCINEMA BOX

インサイド・ヘッド

2017/06/20(火)追加

作品情報

制作年:2015
制作国:アメリカ
監督:ピート・ドクター、ロニー・デル・カルメン
主演:ヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリ
助演:ライリー
ジャンル:アニメ

これは、あなたの物語―

コメント

Alphonse 2017/06/20(火)

テレビ放映にて鑑賞。

頭の中にいる感情を擬人化したお話。

序盤はよくあるフルCGアニメで、
大したヒットもしていないが一応ピクサーだし、観てみるか程度で観始めた。
大竹しのぶの声は、女優の時の顔がチラついて集中できなかったし、
逆に竹内結子は声優に向いてるとも思った。

序盤はさすがにピクサー。子供心をくすぐる展開に微笑ましくもなったのだが、
ヨロコビが居なくなってから、様相が一変。

そこから、ヨロコビが司令塔に戻るまでの大冒険が始まる。

途中、記憶の消去装置のようなものが登場する。
ここでは、映像が簡略化され、次に二次元化。
そして最後は記号化されてしまう。

このシーンはまさに、テレビ版の「エヴァンゲリオン」の最終話を彷彿とさせる。
エヴァの場合は、簡略化されたシンジが宙に漂い、
次にゲンドウの声で「不自由をやろう」と地平線が描かれる。
それは、自分以外なにもない自由な空間に地平線が現れることで不自由が生まれるとしている。
ここから他者が現れ、軋轢が云々。。。
と自他の概念が描かれる。
というのが一般的なエヴァの解釈。
しかし、私的な解釈で行くと、絵心のある人ならわかると思うが、
登場人物だけ描いているとすごく簡単なのに、その後ろの風景を描くととてつもなく窮屈になる。
自由奔放に画面で暴れまわっていた人物が背景を入れただけでとてつもなく窮屈そうになってしまう。
おそらく、風景で、東洋か西洋か、過去か未来かを限定してしまうからだろう。

本作の場合は、
鮮明な記憶がどんどん簡略化されて最後には消去されてゆく。
という風に解釈するのが一般的だろう。
しかし、エヴァ同様、絵心のある人の解釈からすれば、
3Dで書かれたものが、簡略化され、CG黎明期のようなポリゴンで描かれ、
CG以前の二次元的な絵になり、最後には記号化されてゆく。
まさにアニメの歴史を逆行するかのような展開に思える。

このあたりから、私のこの作品の見方が変わった。

嘘をついたり、罪の意識が芽生えたり、友情が壊れたり、
ピクサーらしからぬ展開が続いてゆく。

それまで、不要だと思っていたかなしみの感情も実は非常に大事な感情であることにも気づかされる。

そして、カナシミによって家出を踏みとどまった主人公は、うれしかなしい、せつない感情を手に入れる。

そこからは、司令塔が一新して思春期ボタンが登場する。

後は他人の感情が登場してくる。
特に同世代の男の子の感情は警報がなっていて大笑いだった。

五分間の短編も放送されたが、
「五秒ルール」なんて昭和世代しか分からないんじゃないかと思ったし、
ヨロコビの声は英語の方がずっと若々しく華やいだ感じがし、
カナシミの声は英語の声が大竹しのぶによく似ていて、
吹替版のキャスティングは結局見事だったことに気づかされた。

鑑賞後、思うにこの作品は間違いなく「エヴァンゲリオン」を観たことのあるスタッフにより製作され、
しかも、子供向けとばかり思っていたピクサーが思春期を通過したことのある大人向けに製作した作品だとよく分かる。
最後に多くの人の頭の中が登場してくるが、「他人の感情も理解しよう」というメッセージにもとれる。
「エヴァンゲリオン」は言葉とサブリミナル的なイメージ映像で思春期特有の心理状態を映像化してみせたが、
本作は映像のみで遥かにわかりやすく思春期の心理状態を映像化してみせたといえないだろうか。

日本で大ヒットはしなかったかもしれないが、
数年後必ず再評価化され、CGアニメ史だけでなく、
アニメ史にも残る名作になるに違いない。